1998年3月。地元の高校を卒業し、東京での新しい生活がスタートしました。
しかし、上京してからもアトピーの状態は決して良いものではありませんでした。
高校一年の冬休みにステロイド剤を止めて二年経ちましたが、アトピーの状態は季節的なものにも左右され、相変わらず一喜一憂という状態でした。
上京した当初、慣れない環境での仕事や人間関係に、ストレスを溜めていました。
地元の新潟と違い、東京の空気や使用する水道水が肌に合わず、しばらく慣れるまで大変だったのを覚えています。
上京した一年目は仕事だけをし、無事に一年をやり過ごせましたが、二年目以降はアトピーの状態に苦しむ事になります。
二年目には調理師の専門学校に通う事にし、仕事と学校との両立になりました。
やはり、仕事と学校との両立は相当大変で、あまりの忙しさに睡眠時間も減り、ストレスも溜まってアトピーが悪化した時期も多くありました。
それと、調理師の学校に入ったことで手が荒れてしまい、学校の調理実習すらまともにできる状態ではありませんでした。
自ら選んだ道ながら、当時は間違った選択をしてしまったと思いながら、学校に通っていました。
けれど、学校の友達の助けもあり、無事に一年の学校生活を卒業することはできました。
問題は卒業してからの選択でした。
仕事と学校の両立で相当ストレスも溜まっていたせいか、その頃のアトピーの状態は悪かったのです。
無事に学校は卒業できましたが、東京で調理師の仕事を就くのか、地元で別の仕事に就くのか、毎日のように悩みました。
悩んだ挙句、東京で調理師の仕事を探すことに決めました。
せっかく調理師の免許を取得できた事も考えて、調理師の道を進む事にしたのです。
しかし、調理師の道を選択してしまった事が、20代の人生を大きく左右する事になります。
2000年6月、学校と両立していた仕事も辞め、調理師の仕事に就きました。
当時は「とりあえず、就職すれば何とかなるだろう」程度の甘い考えで、これから起こる事など予想もしてませんでした。
相変わらずアトピーの状態は良くなる事はなく、手も荒れた状態で就職したものですから、当然、仕事に支障がありました。
仕事ができないままでは仕方がないと思い、仕事の為に皮膚科に通う事にしました。
そこで処方されたのは、やはりステロイド剤です。
そこの皮膚科いわく、かなり弱いステロイド剤らしく、その弱いステロイド剤を体の悪いところ、特に仕事で荒れた手には毎日使用していました。
使用し始めた頃は副作用が現れる事もなく、薬を使用すれば荒れた手、顔や首、腕の悪い部位も次の日にはきれいになっていました。
「やっぱり、ステロイド剤は上手に使えば大丈夫なのか」と思うほどであり、しばらくは薬の効き目に錯覚(?)されていたのです。
しばらくは薬の使用で無事に過ごせていましたが、使用から半年くらいして徐々に効き目がなくなり、今まで使用していた薬では抑えられなくなっていました。
アトピーの状態も徐々に悪化し、それと同時に副作用らしき兆候が現れ始めてきました。
皮膚科に行けば「今までステロイド剤が効かなくなってきたから、強めのステロイド剤に変える」との事。
私はこの時に再び、ステロイド剤のアリ地獄にはまってしまうと判断し、薬は拒否し、再び脱ステの決意を持ちました。
再び副作用が現れた事はすごくショックでしたが、この時は副作用を二度も体験したという事で、
アトピーにステロイド剤は良くないものだと確信を持ちました。
そして、薬を止めた途端にリバウンドが現れ、五年前と同じように体中が炎症で真っ赤になり、仕事などとてもできるところではありませんでした。
再び五年前と同じような辛い痒みに苦しみに、夜もまともに眠れない状態が続きました。
自律神経失調症の症状が顕著に現れて、苦しい日々が続きました。
泣く泣く仕事を辞める事になり、今度こそ体を完治させる為に、地元の新潟に帰る事にしました。
2001年、地元で二度目の脱ステを実行し、その時その時で体の状態に合わせながら仕事を選んできました。
途中、何度かリバウンドが現れて立ち止まった事もあり、その度に仕事を辞めたり変えたりの繰り返しで、何度も挫折を経験したものでした。
ようやく、今ではその山も何とか乗り越え、アトピーが完治の状態に近づいています。
長かったアトピーの苦しい生活にも、ようやくさよならできるのではないかと思っています。
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